発達障害と診断された息子

hattatusyougai

「うちの子、他の子とちょっと違う」と思ったことがある方も多いのではないでしょうか。

わたしの教えている生徒達のお母さんの中にも、同じような悩みをお持ちの方がたくさんいらっしゃいました。

そんな悩めるお母さんのお役に立ちたいと思い、ブログを運営しています。

実は、わたしも「うちの子、変わってる」という思いを持った母親のひとりです。

小さいころから他の子より臆病で不器用だとは思っていましたが、発達障害の診断が下るとは思ってもみませんでした。

わたしの息子が小学生だった15年ほど前は、まだ発達障害という言葉が今ほど理解されていない時代で、「カウンセリングなんか必要ない」と言い切る先生やママ友が多かった時代です。

もちろん、わたし自身も全く知識がなく、息子に診断が下ってからその特徴や対処方法を学び始めました。

「治療方法はなく、周りの理解が大切」という診断でしたが、様々な場面での対処方法を教えたり、様々な体験を通してコミュニケーション能力を高めた結果、どんどん変わっていきました。

そんな息子の小学生時代の様子をお伝えします。

発達障害の診断が出るまでの経緯

息子が小3の時、担任から「息子さんが言うことを聞いてくれないので、スクールカウンセラーと会ってください。」との連絡が入り、カウンセリングが始まりました。

息子は他の子と違ったところは多かったのですが、言葉が早く先生ともよく話をしているようだったので、反抗しているなんて夢にも思いませんでした。

カウンセラーの先生を通して話を聞いてみると、周りのみんなが出来ることができないということのようでした。

おしゃべりで知識はたくさんあるのに簡単なことができないので、先生も初めはふざけているのかと思ったそうです。

小学校1年生から2年生までは、ひらがな、カタカナ、足し算引き算など簡単なものだったと思います。また、九九のような暗記は得意なので、問題はありませんでした。

入学当初から、縄跳び、鉄棒、跳び箱などは全くできず、ボールの投げ方が分からないと言うので教えたことがありましたが、わたしがあまり深刻に考えていなかったため、担任と話す機会もありませんでした。

しかし、3年生になるとやることが一気に増えます。

運動だけでなく、リコーダー、コンパス、そろばんなど、不器用な息子は先生にやり方を教えてもらってもできなかったようです。

そして、学年が上がるにつれ裁縫や包丁、カッターや彫刻刀などを使う場面も出て来ましたが、先端恐怖症で持つことができませんでした。

水がこわくて、顔も洗えません。もちろんプールにも入れませんでした。

このような状況ですから、先生がお手上げになったのも頷けます。

そのような中、スクールカウンセラーから、本人の状況を把握するため医療機関の受診を勧められました。

複数の機関で様々な検査をし、予約をしてから半年以上かかって発達障害の診断を下されました。

息子の場合は、長文の聞き取りや暗記の数値がとびぬけて高いのに対して、想像する力が非常に弱いという発達凸凹でした。

もちろん、運動系は全般に弱いという結果も出ました。

その時の先生の言葉は「当てはまる病名はないので特異性発達障害とでも言っておきましょう。」でした。

今ならば、発達性協調運動障害と診断されたと思いますが、当時はまだそこまで分類されていなかったようでした。

発達性協調運動障害発達性協調運動障害の人は、疲れやすく、自己肯定感が低い傾向があるそうです。

思い返せば、小中学生のときの息子は、疲れて起きられないことが多く、遅刻欠席が多い子でした。

「根性がなしのわがままを許していいのか。」と悩みましたが、本当に疲れていたのでと思います。

発達障害の子の特徴は?

最近では、発達障害の子に見られる特徴があることがわかっており、息子の幼少期を振り返って照らし合わせてみると、多く合致点がみられました。

《感覚過敏》

・音が怖くて近くで花火が見られない

・暗いところが苦手で映画館や劇場に入れない

・他人が気付かない小さなものや音に反応する

・薬などを飲み物に混ぜて飲ませようとするが吐き出す

・爪切りや散髪、耳掃除、歯科などを極度に怖がる

《こだわり》

・好きな遊びを延々と続ける

・好きでないことには一切興味を示さない

《極度の人見知り》

・何時も会っている人でも隠れてしまう

《極度の偏食》

・好きなものばかりを要求し、新しいものを食べようとしない

今になって振り返ると、発達障害の子の特徴がよく表れていたと思います。

幸い、息子のこれらの症状は、大人になった今では改善されています。

お子さんの症状に悩んでいるお母さん、時間と共に改善するものもあるので、長い目で見てあげましょう。

気長に待てばできるようになることもある!

苦手だったリコーダーや球技にも少しづつ慣れていく息子を見て「何かができるようになるまで気長に待とう」と心に決めて接することにしました。

学校の中では先生方の配慮で守られていた息子でしたが、学校外での問題も出て来ました。

高学年になるとほとんどの子が大きな自転車に買い替えます。

中にはマウンテンバイクに乗っている子もいました。

息子はというと、友人と出かけたくても自転車の補助輪がとれなかったため、歩ける範囲でしか遊べないことに若干の悔しさを感じていました。

また、中学生になると自転車通学になる学区に住んでいたため、自転車に乗れないと自分だけ歩いて通学することになるということに息子自身が危機感を覚えてもいました。

本来ならば、このタイミングで猛特訓するのが良いのでしょうが、強制するとやる気がなくなってしまうのがわかっていたので、様子を見ながら少しずつ練習をすることにしました。

週末の練習を1ヶ月ほどしたところでコツを掴み、小6にしてやっと補助輪がとれました。

思い返してみると、オムツも断乳も幼稚園に入るまでグズグズしていたのを思い出しました。

自転車も中学入学前ギリギリセーフ。

「うちの子も3年待てば、何とかなる!」と確信した瞬間でした。

発達障害の診断後の対応は?

息子が発達障害と診断された当時は発達障害への理解も低く、今のように支援も整ってはいませんでした。

4年生の担任などは、診断が下りたにもかかわらずその結果を全否定して「わたしが息子さんを鍛え直します。」と最初は張り切っておられましたが、息子にはできないことだらけで算数の成績はずっと「1」でした。

そんな中、スクールカウンセラーが間に入って、息子やわたしの希望を担任に伝えてくれたり、息子の学校での様子を客観的に見てわたしに報告してくれたりしたおかげで、息子は不登校にもならず通いきることができました。

危険から身を守る方法を教えよう

わたしが息子のことで一番心配だったのは、友人関係でも勉強のことでもありませんでした。

それは、自分のしたことの結果が想像できないことにより、危険な場面に出くわすのではないかということでした。

そこで危険回避のために、次のことはしっかり教え込みました。

・自転車で交差点に差し掛かったら一時停止する。

・道路を渡るときは左右を確認してから渡る。

・高いところには上がらない。

・車の通る道路でふざけない。

・水路などのそばには近づかない。

・一人の時に、火やアイロンなどは使わない。

・野良猫・野良犬などを追いかけて行かない。

・困ったことがあったら、近くにいる人にすぐ相談する。

・地震などの時には、倒れそうなものには近づかない。

学校高学年、一人で出かける機会も増えるこの時期、成績よりも身の安全が第一だと思います。

お子さんに自分の身を守る方法をしっかり教え、大切なお子さんの安全を確保しましょう。

友人関係のトラブルは解決方法が大切

小学校時代は、親友と呼べる友人はいませんでしたが、帰宅後に時々遊ぶ近所の友人は数名いました。

息子のKY(空気読めない)には友人も慣れているのか、時々ドキッとするような失礼な言い方を息子がしても、案外けんかにもならないのが不思議でした。

そういえば、うちの子よりもっとKYのA君も時々一緒に遊んでいたっけ。

「子どもって、色々な人や物を受け入れる柔らかさをもっているのだなぁ」と感じつつ、適当な距離感を保ちながら接してくれた友人とその家族に感謝!

ただ一度、2人でふざけて友人が捻挫をしてしまったことがありました。

いつも遊んでいる子の家なので自分も出向いて謝り、今後も遊ばせてもらえるように誠意を見せることが必要だと話し、親子で謝りに行きました。

友人のお母さんにも息子の状況を伝え、何か問題が起きた時には連絡をもらえるよう頼んでおいたので、お母さんも理解をしてくれていました。

これくらいの問題は、どこのお子さんにもあることだと思いますが、その時の対応で子ども達も学んでいくのだと思います。

子どもを叱るのではなく、原因とその時の対処方法、次回から気を付けることなどをしっかり話し合い、子ども自身がしっかり関わって解決することが必要になります。

発達障害の子どもは、同じことを繰り返してしまいがちですが、毎回なぜそうなったのか振り返って考えることが経験になり、少しずつですが成長していきます。

そうすることで、「問題を起こしても叱られないし、一緒に解決してくれるからお母さんに早く相談しよう。」と子どもが思える親子関係を作っていくことが大切です。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする